西国第十九番札所、霊麀山 行願寺。
京都市役所を北に10分程歩いた道沿いに山門が現れる。
通称は革堂(こうどう)。
開祖は行円上人であり、いつも革製の衣を着ていたので、革聖(かわひじり)」と呼ばれ親しまれるようになった。、「革聖のお堂」ということで、革堂という通称を持つ。
ではなぜ、行円上人は革製の衣を着ていたのか?
もともと上人は狩猟を生業としていた。
ある日、身ごもった鹿を射たが、その傷口から子鹿が誕生したのを見て、今までの殺生の無益さを悔い、その折に仕留めた鹿の革を常に身に着けて仏門に入った・・・とのこと。
君子は元から君子に在らず。
なんとなく行円上人に親しみがわくのは俺だけか??
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