2026年2月21日土曜日

Malaysia Day3 St.Francis Church

Dt.Francis教会はマラッカ旧市街にあるカトリック教会で、正式名称はChurch of St. Francis Xavier(聖フランシスコ・ザビエル教会)。
1856年にフランス人宣教師によりフランシスコ・ザビエル を記念して建てられた。
丘の上にある セントポール教会 は「遺跡」だが、ここは現在も使用されているカトリック教会。
日本人にとって特筆すべきものとしては、ザビエルを日本に導いた人物である「やじろう」像がザビエル像と並んで敷地内に建てられていること。
銅像の台座には日本語で「やじろう」の文字が刻まれている。
やじろうは日本で犯罪を犯しマラッカに逃亡後、ザビエルと出会い洗礼を受けた人物で、日本における本格的なキリスト教布教のきっかけを作った人物。
当時の日本人が(きっかけが犯罪からの逃亡であったにせよ)単身で海を渡り、言語も宗教も異なる世界で生き抜いたこと、その行動が歴史に大きく関わったことが驚きであり、興味深い点でもある。




2026年2月20日金曜日

Malaysia Day3 St.Paul's Church

マラッカ旧市街中心部の小高い丘「セントポール・ヒル(Bukit St. Paul)」の頂上に建てられたセントポール教会(St. Paul’s Church) は、東南アジアでも最も古いキリスト教建築遺跡のひとつで、マラッカ世界遺産地区の主要な史跡の一つとなっている。
オランダ広場のSTADTHUYS横の小道から約5分、頂上ではフランシスコ・ザビエル像が迎えてくれる。
このザビエル像の右前腕部が欠けている。
ザビエルは1552年、中国・上川島で亡くなり、遺体は一時マラッカのこの地に安置された後、インドのゴアへ移送された。
その後、布教や洗礼を授けた“聖なる腕である右腕が切り取られ、聖なる遺物としてローマへ送られ、現在もローマの教会に保存されているとのこと。
ただ、右腕の無いザビエル像はこれに由来してのものではなく、落雷が偶然にも右腕を破損したもので、その後の修復されず現在に至っている。
1500年代に建てられた教会だが、今は石造りの壁やアーチが部分的に残っているのみとなっといる。
内部にはオランダ時代の墓石や墓標が壁沿いに保存されており、ザビエルが一時埋葬された跡も鉄柵に囲まれた状態で残されている。
丘の上からザビエル像が布教地であるマラッカ市街を今でも見つめている、そんな印象を受ける場所だった。






















 

2026年2月19日木曜日

Malaysia Day2 Malacca Straits Mosque

マラッカを訪れた最大の目的である、マラッカ海峡に沈む夕陽を見に、マラッカ海峡モスクまでGrabで移動。
マラッカ海峡モスク(Masjid Selat Melaka)は、海の上に建っているように見える美しいモスクで、マラッカ屈指の夕陽スポットと言われている。
人工島「Pulau Melaka」エリアにあるモスクは2006年に建てられたもので、「深夜特急」の著者である沢木耕太郎が1980年代にマラッカに来た際にはまだ出来ていなかったもの。
日没までの間、途中で雨が降ったりと天候は良くなかったが、雲の切れ間からの夕陽が見れたので良しとしよう。

俺の中のBest Sun setは高校の時に扇が浜にで見た夕陽だ。
人影疎らな海岸で、波に反射したオレンジ色の煌めきが一直線に俺に向かってくるかのような強い光と波音・・・あの時を超える夕陽にはまだお目にかかっていない。