2026年2月24日火曜日

Malaysia Day3 Malacca Independence Memorial Museum

マラッカ独立記念博物館には独立までの流れが展示されており、そこには少なからず日本も関係している。
1511年:A Famosa建設(ポルトガル占領開始)
1641年:オランダ統治
1824年:英蘭協約によりイギリス領へ
1942–1945年:日本軍がマレー半島を占領、マラッカも統治
第二次世界大戦終戦(1945年8月)とともに日本軍は降伏し、マラッカはイギリス軍による再占領を受ける
1957年:ペナン・マラッカで構成されるマラヤ連邦がイギリス支配から独立
1963年:マレーシア成立
日本が第二次世界大戦終戦までの間、東南アジアを植民地として占領していた事実はマレーシアでも語り継がれている。
























2026年2月23日月曜日

Malaysia Day3 Malacca Middelburg Bastion

オランダ広場の近くにあるミドルバーグ要塞跡。
マラッカに残るオランダ統治時代の防衛施設の一部で、
マラッカ川河口に位置するA’ Famosa要塞群の9つの要塞の一つとして、1660 年にオランダ人により建設された。
1807年にイギリス軍によって大部分が破壊されたが、
大砲と共に修復されたもの。
外壁は鉄分を含んだ赤レンガであり、要塞としての機能を果たしている。
オランダ広場からほど近い位置にあるが、俺が行った時間に観光客はまばらで、マラッカの歴史に浸るにはいい場所だ。









2026年2月22日日曜日

Malaysia Day3 Malacca A' Famosa

A’ Famosa(ア・ファモサ:ポルトガル語で「有名な」という意味)は、マラッカに残るポルトガル時代の要塞跡。
16世紀初頭、ポルトガルがマラッカを占領した際に建設された東南アジア最古級のヨーロッパ式城塞で、現在は門の一部だけが残っている。
当時のマラッカは、マラッカ海峡の交易を支配する重要拠点であり、ポルトガルは香辛料貿易を守るため、強固な要塞を築いた。
ポルトガル統治時代に建てられた要塞は、その後オランダ統治時代に改修されたが、イギリス統治時代に要塞の大部分は破壊され、現在では門の部分だけが残っている。
A’ Famosaはマラッカの植民地支配の移り変わりを象徴する建造物でもある。












2026年2月21日土曜日

Malaysia Day3 St.Francis Church

Dt.Francis教会はマラッカ旧市街にあるカトリック教会で、正式名称はChurch of St. Francis Xavier(聖フランシスコ・ザビエル教会)。
1856年にフランス人宣教師によりフランシスコ・ザビエル を記念して建てられた。
丘の上にある セントポール教会 は「遺跡」だが、ここは現在も使用されているカトリック教会。
日本人にとって特筆すべきものとしては、ザビエルを日本に導いた人物である「やじろう」像がザビエル像と並んで敷地内に建てられていること。
銅像の台座には日本語で「やじろう」の文字が刻まれている。
やじろうは日本で犯罪を犯しマラッカに逃亡後、ザビエルと出会い洗礼を受けた人物で、日本における本格的なキリスト教布教のきっかけを作った人物。
当時の日本人が(きっかけが犯罪からの逃亡であったにせよ)単身で海を渡り、言語も宗教も異なる世界で生き抜いたこと、その行動が歴史に大きく関わったことが驚きであり、興味深い点でもある。