最近の一押し!
リンゴのようにも見えるこの果物。
手触りはリンゴほど固くなく、かといってつぶれるほど柔らかくも無い。
正解は、ネクタリン。
日本の桃のような産毛はなく、表面はつるつるなので、そのまま丸かじり出来る。
日本にもあったっけか?・・・そういえば、不二家の桃ジュースって「ネクター」だったよな。
NTTグループを早期退職、セカンドライフとして2年間のハンガリー生活を経て、現在はベトナムに活動の場を移しています。 異国での出来事について、徒然なるままに綴っていきたいと思います。
2013年10月16日水曜日
2013年10月15日火曜日
hand made Lángos
同じStudents Hostelに住む学生からいただいたランゴッシュ。
以前も紹介したが、これは揚げた生地の上にガーリックソース、サワークリームとチーズをのせた、ハンガリーのおやつ。
甘くないので主食としても十分成り立つ。
いただいた時は既に冷えていたのだが、それでも十分旨く、店で買うものと変わりない味。
このレベルのものが、寮のキッチンで作れるとはすごい!
ランゴッシュのレシピは是非とも手に入れたいと思っていたが、こんな近くにシェフが住んでいたとは(笑)
明日にでも弟子入り志願して、レシピを伝授してもらおう。
梨恵、マスターしたら作り方を教えるから、日本でも広めようぜ!
Köszönöm, Petra!
以前も紹介したが、これは揚げた生地の上にガーリックソース、サワークリームとチーズをのせた、ハンガリーのおやつ。
甘くないので主食としても十分成り立つ。
いただいた時は既に冷えていたのだが、それでも十分旨く、店で買うものと変わりない味。
このレベルのものが、寮のキッチンで作れるとはすごい!
ランゴッシュのレシピは是非とも手に入れたいと思っていたが、こんな近くにシェフが住んでいたとは(笑)
明日にでも弟子入り志願して、レシピを伝授してもらおう。
梨恵、マスターしたら作り方を教えるから、日本でも広めようぜ!
Köszönöm, Petra!
2013年10月14日月曜日
2013年10月13日日曜日
milk rice
先日の授業での生徒からの情報。
ハンガリーではミルクライスなるものがあるらしい。
聞いた時のイメージとしては、牛乳で炊いたリゾットのようなものを想像していたのだが・・・
昨日、生徒からいただいたのが、これ。
ミルクの中にお米とジャムが入っている、日本人の俺からするととても斬新なデザート!
砂糖かけご飯が好きだった、祖谷のじいちゃんに食べさせてあげたい代物。
今月末に、大学内のカンファレンスで「Cultural differences between Hungary and Japan」と題するプレゼンをするのだが、このmilk rice、十分ネタになりそうだ。
Ivett és Judit,
Köszönöm szépen!!
ハンガリーではミルクライスなるものがあるらしい。
聞いた時のイメージとしては、牛乳で炊いたリゾットのようなものを想像していたのだが・・・
昨日、生徒からいただいたのが、これ。
ミルクの中にお米とジャムが入っている、日本人の俺からするととても斬新なデザート!
砂糖かけご飯が好きだった、祖谷のじいちゃんに食べさせてあげたい代物。
今月末に、大学内のカンファレンスで「Cultural differences between Hungary and Japan」と題するプレゼンをするのだが、このmilk rice、十分ネタになりそうだ。
Ivett és Judit,
Köszönöm szépen!!
2013年10月11日金曜日
Napoleon-haz
ナポレオンが泊まった家がジュールにある。
ナポレオンといえば、フランス革命以降、ヨーロッパの大半をその勢力化に置いたフランスの皇帝。
1805年と1809年の2回、ウィーンを占領している。
ハンガリーは当時オーストリアのハプスブルク家に支配されていたのだが、ナポレオンは2回目のウィーン制圧の際、ハンガリーの大地主であるエステルハージ・ミクローシュに、独立したハンガリーの国王にならないかともちかけた。
ミクローシュはナポレオンの誘惑を断り、ナポレオンに惨敗を喫したハプスブルク家の皇帝フランツ2世の救出に助力した。
下の写真は、2回目のウィーン制圧から1ヵ月後の1809年8月31日、ナポレオンがジュールに立ち寄った際に泊まった家。それを示すプレートが扉の横に掲げられているが、よくよく注意して見なければ気づかないほど小さい。
ナポレオンの誘惑に屈しなかったミクローシュといい、来訪をさほど大きく宣伝しないことといい、ハンガリー人の気骨の表れか・・・
日本でも、マッカーサーがどこに泊まったとかは敢えて宣伝しないもんな。
ナポレオンといえば、フランス革命以降、ヨーロッパの大半をその勢力化に置いたフランスの皇帝。
1805年と1809年の2回、ウィーンを占領している。
ハンガリーは当時オーストリアのハプスブルク家に支配されていたのだが、ナポレオンは2回目のウィーン制圧の際、ハンガリーの大地主であるエステルハージ・ミクローシュに、独立したハンガリーの国王にならないかともちかけた。
ミクローシュはナポレオンの誘惑を断り、ナポレオンに惨敗を喫したハプスブルク家の皇帝フランツ2世の救出に助力した。
下の写真は、2回目のウィーン制圧から1ヵ月後の1809年8月31日、ナポレオンがジュールに立ち寄った際に泊まった家。それを示すプレートが扉の横に掲げられているが、よくよく注意して見なければ気づかないほど小さい。
ナポレオンの誘惑に屈しなかったミクローシュといい、来訪をさほど大きく宣伝しないことといい、ハンガリー人の気骨の表れか・・・
日本でも、マッカーサーがどこに泊まったとかは敢えて宣伝しないもんな。
a heroine
ジュールで偶然出会い、いろいろとお世話になった日本人の方が、本日帰国された。
一匹の犬を守り、女手一つで気丈に暮らしていた方。
最後の決断は苦渋の末のものだったと思う。
でも、それは決して間違いじゃない。何度も考え、回りまわって行き着いた答えだから。
帰ってからの新たな一歩が、彼女にとって良きものであるよう切に祈る。
I wish you all the best!
I dedicate this song to you..
一匹の犬を守り、女手一つで気丈に暮らしていた方。
最後の決断は苦渋の末のものだったと思う。
でも、それは決して間違いじゃない。何度も考え、回りまわって行き着いた答えだから。
帰ってからの新たな一歩が、彼女にとって良きものであるよう切に祈る。
I wish you all the best!
I dedicate this song to you..
2013年10月10日木曜日
Country road
今日はパンノンハルマでの2回目の授業。
1回目は不覚にもバスを乗り過ごし、遅刻してしまったので、今回はしっかりと風景を見ておく。
ジュールからパンノンハルマに向うには、途中いくつかの村を通過するのだが、村の風景は皆似通っており、なかなか特徴を見つけられない。
パンノンハルマのバス停から丘を見ると、修道院が見えるのだが、バスの中からでは天井が邪魔して見えないし。
ただ幸いなことに、パンノンハルマのバス停付近、今は改築工事中なので、砂埃が舞い上がり始めたら目的地付近と判断し、見覚えのある景色を探す事に。
今回はばっちり発見!もうこれで迷わないぞ(笑)
週一回の出張、場所は丘の上にひっそりと佇む修道院。
これはこれでいいもんだ。
毎週水曜日はパンノンハルマの季節を追うことにしよう。
1回目は不覚にもバスを乗り過ごし、遅刻してしまったので、今回はしっかりと風景を見ておく。
ジュールからパンノンハルマに向うには、途中いくつかの村を通過するのだが、村の風景は皆似通っており、なかなか特徴を見つけられない。
パンノンハルマのバス停から丘を見ると、修道院が見えるのだが、バスの中からでは天井が邪魔して見えないし。
ただ幸いなことに、パンノンハルマのバス停付近、今は改築工事中なので、砂埃が舞い上がり始めたら目的地付近と判断し、見覚えのある景色を探す事に。
今回はばっちり発見!もうこれで迷わないぞ(笑)
週一回の出張、場所は丘の上にひっそりと佇む修道院。
これはこれでいいもんだ。
毎週水曜日はパンノンハルマの季節を追うことにしよう。
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