2026年5月22日金曜日

In the near future

技能実習最後の年を迎えているが、状況は芳しくない。
北部でのベトナム人材募集が困難となり、5月から北部はこの業務から撤退、南部ホーチミン支店に業務を移管した。
片や日本側でもベトナムに対するオーダーは激減し、今見えているオーダーは以前から付き合いのあった5、6社のみという状態。
いわばじり貧の状態が続いている。
俺の主たる業務としては日本側との窓口とベトナムでの視察・面接対応だが、この業務が激減している中、俺がベトナムに常駐する意味も無くなりつつある。
北部が技能実習事業から撤退した今、俺のベトナムでの居場所は南部へと変わることになり、併せて日本法人であるJapanの仕事も兼務することとなった。
面接がある時はホーチミンで面接対応、それ以外は日本でJapanの業務を実施する。
Japanが来年度も生き残るための方策として、特定技能生や育成就労生を新たに受け入れる企業を開拓し、送り出しはインドネシアからという絵を実現させることしかない。
来年度の動向は2026年の出来次第というところだ。


2026年5月20日水曜日

Prologue

日本の古典文学の中での有名な序章の共通点はリズムだと思うのだが、違うかな・・ 
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つれづれなるままに、日ぐらし硯(すずり)に向かひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。(徒然草:吉田兼好)
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祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、
諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり。
沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色、
盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理(ことわり)をあらはす。(平家物語:作者不詳)
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春はあけぼの。
やうやう白くなりゆく山ぎは、少しあかりて、
紫だちたる雲の細くたなびきたる。(枕草子 清少納言)
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ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。(方丈記:鴨長明)
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月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。(奥の細道:松尾芭蕉)


2026年5月19日火曜日

Bun Bo Hue in Bac Giang

Bun Bo Hueはその名の通り、ベトナム中部のHue発祥の麺類だが、ここBac Giangのは本場のものと少し違う。
Hueのそれはシンプルだが、Bac Giangのは中に入っている具材が多いのが特徴だ。
いづれにせよ、ベトナムの麺類は外れ無しでどれも旨い!



 

2026年5月18日月曜日

Osaka local cuisine

何の脈絡もない話だが・・・
俺の推薦する大阪銘菓を2つ紹介する。
1つ目は大阪の老舗和菓子店である絹笠の「とん蝶」。
これは和菓子ではなく、和菓子屋が作るもち米を炊いたおこわで、二等辺三角形の竹皮を模した包装紙に包まれている。
具材は青大豆や塩昆布、梅干しといった素朴なもので、賞味期限が当日限りということもあり、買ったその日に食べる必要がある。
これは俺が大学生時代、難波のにじのまち(現なんばウォーク)のジーパン屋でバイトしていた時に昼食としてよく買っていたもの。
2つ目は大阪堺市にあるかん袋の「くるみ餅」。
くるみ餅とは言うものの、くるみが入っている訳ではなく、門外不出の鶯色の餡で白玉を包んでいる(=くるむ)ことからくるみ餅と言う。
かん袋の創業は鎌倉時代末期の1329年というから驚きだ。
また、かん袋の名付け親は豊臣秀吉とのこと。
くるみ餅はこの店でしか買う事が出来ないので入手が難しいが、わざわざ出向いてでも食べてみる価値はある。


2026年5月16日土曜日

Japanese Restaurant in Bac Giang

本社の近くにある日本料理店。
生食文化の無い、まして日本人の少ないBac Giangで日本料理店を営もうというチャレンジャー精神は見上げたものだ。
メニューには刺身や寿司があるのだが、どうやって保存しているのだろう?
それを考えると注文する勇気は出ず、もっぱら焼き物、揚げ物を注文している次第だ。



2026年5月13日水曜日

Star Fruit

スターフルーツ。
日本では食べられない代物だと思っていたが、沖縄や宮崎、鹿児島に加え、東京でも生産されていたとは驚きだ。


2026年5月12日火曜日

Views on life and death

人は死に直面した際、どうなるのだろう。
生きたいと願い生に執着するのか、死は平等に訪れる当たり前の行事として笑って死んでいけるのか・・
笑って死んで行けるとは思わないが、死に直面した際、やり残した事を後悔するのだけは避けたい。
いい人生だったとは言えないかもしれないが、やりたい事はやった上で死んでいきたいものだ。
あとは、人に迷惑を掛けず、自分を始末するお金は残した上で、最低限の苦労をお願いして旅立ちたい。
死に際、死に場所、死に方の選択・・・死生観について遺言として記しておくべきだな。

2026年5月11日月曜日

Dak Lak Extra_Foods

Dak Lak滞在中に食べたもの。

大きなスペアリブの入ったBun Bo Hue。
これは10年前に俺が初めてDak Lakに来た初日に連れてきてもらった店で、でかい肉の塊が印象的だったもの。


ホテルの朝食のおかゆ


ベトナムコーヒーといえばチュングエンと呼ばれるほど有名なチュングエン社が作ったコーヒー村で飲んだスイカジュース。


薄い米粉を蒸したものを1まいずつ皿に乗せて提供されるBanh Uot。
これに豚肉や野菜、青マンゴーを巻いて食べる。
1人20皿は余裕で食べられる。



ベトナムの伝統的なスイーツであるChe。
これはベトナム全土で食べることが出来る


Pho Kho 2 to(2つの椀)という店で食べたスープ別添えのビーフン。
つけ麺ではなく、ビーフンにはベトナムソースをかけて食べ、スープはお口直しとして飲む。


居酒屋メニューあれこれ。





ホテルの朝ご飯はがっつり系


最終日前夜の居酒屋で食べた牛肉。
ステーキっぽくて旨かった。


Dak Lak4日間の旅は毎日3食とアルコール摂取に勤しんだ日々だった。

2026年5月10日日曜日

Dak Lak Extra_Funny Japanese

今回泊まったホテルにはプールがあり、何年ぶりかで泳いだ。
普段使わない筋肉を使うせいか、少しの時間泳いだだけで筋肉痛となった。
そういう人がいることを見越してか、プールの横にはマッサージ店が併設している。
その名も親しみのある「TOKYO」
その下の日本語のキャッチコピーが笑える。
由緒ある4つ星ホテル内にある店でこのキャッチコピー・・・いいのか?



 

2026年5月9日土曜日

Dak Lak Extra_Saigon-Ban Me Hotel

4泊5日のDak Lak旅行の滞在先はBuon Ma Thuotの中心にあるSaigon-Ban Me Hotel。
バスタブ付の室内は広々しており、大きな窓から教会や市内が見渡せる。
スタッフもフレンドリーで、快適に過ごせるお薦めのホテルだ。










2026年5月8日金曜日

Dak Lak Day3_ Floral House Cafe

小高い丘の斜面を利用したCafeはバトナム女子にとっては絶好の映えスポットで、彼氏は御多分に洩れず全員がカメラマン化する。
何通りものポーズをとる彼女の写真を嫌な顔ひとつせず撮り続け、挙げ句の果てに撮った写真にダメ出しされ、おまけにコーヒー代やらなんやら全部彼氏持ちが当たり前の世界…
他人事ながらよくやっていると感心する。
ベトナム人に生まれるなら絶対女性がいいと確信した,ひととき。








 

2026年5月7日木曜日

Dak Lak Day3_Buon Don Elephant Village

Buon Don Elephant Villageのあるブオン・ドン地域は19世紀頃から象の捕獲と調教の中心地として発展した。
象使い(マフート)の名手として知られるエデ族やムノン族の伝統が受け継がれ、王族や儀式に用いられた象も多い。
特に有名は象使いはムノン族出身のAma Kongであり、数百頭の野生象を捕獲・調教したとされる英雄的存在となっている。
ここには10年前にも学生とバイクで訪れたが、その頃は今のように整備もされておらず、悪路の途中で象に出くわしたりもしたが、今では観光地化され、電気カートでAma Kongの家や少数民族の暮らしぶりを見た後に、Elephant Villageを訪れることが出来る。