周知から2時間後、隔離地区以外から約30名のICO職員が集まり、医師団を受け入れるための寮の大掃除を開始。
約3時間で部屋、トイレとシャワールーム、共有エリアのあらかたの掃除をやり切った。
約1か月間、静かだったセンターに活気が戻った瞬間だった。
医師団の滞在中に彼らの世話をするボランティアチームも構成され、俺もここに住んでいることで、ボランティアとして参加することにした。
言葉の壁はあると思うが、なんとかなるだろう。
NTTグループを早期退職、セカンドライフとして2年間のハンガリー生活を経て、現在はベトナムに活動の場を移しています。 異国での出来事について、徒然なるままに綴っていきたいと思います。
医師団の滞在中に彼らの世話をするボランティアチームも構成され、俺もここに住んでいることで、ボランティアとして参加することにした。
言葉の壁はあると思うが、なんとかなるだろう。
在宅業務生活も3週間が過ぎ、4週間目を迎えようとしている。
実習生の募集が出来ない事から面接業務は無いが、日本に送り込んだ実習生に関する問題はコンスタントに発生しており、毎日何らかのトラブル対応をする日が続いている。
ICO Manpowerのスタッフとの連絡はZalo、ICO Japan及び組合との連絡はLineとメールで実施、打合せはZoomとオンラインでのツールは揃っていることから、出社しなくとも問題は感じない。
強いて言うなら業務で使用するデータや書類をクラウド上にあげておけば、インターネット環境さえあればどこでも仕事が出来る。
7時半から17時までの勤務時間に縛られる性質の仕事でもないことから、在宅勤務のほうが時間を有効に使える。
これは面接と派遣申請書類の作成業務や教育業務には当てはまらないが・・・。
その時の業務量によって在宅勤務と出社勤務を有効に使い分けることにより、遠隔業務に対する環境もより充実するだろうし、遠隔業務に慣れることにより、今回のような突発的な隔離時も業務を止めることが無くなる。
教育においては各実習生の自宅環境がばらばらで、自分の個室も無くインターネットが微弱な家もあるので、オンライン授業は難しいが、オンライン教材を日頃から使用させることで、自習は可能となる。
少し体系的に提案書を纏めてみよう。
バクザン省では現在、全省に対する外出自粛命令と11の郡村に対するロックダウン、感染者と濃厚接触者(F1)は集団隔離、濃厚接触者との接触者(F2)は自宅隔離といった措置を継続している。
5月初旬に見つかった2名の感染者を皮切りに、約1か月経った今も感染者は収まる気配はない。
ベトナム全土中、バクザン省の感染者数が断トツに多い理由は、何万人もの従業員を抱える工業団地からのクラスター発生による。
現在も1日100人単位の新たな感染者が発生しているが、報道発表によるとすべてが囲い込みを終了したエリアからの感染者ということで、今のところ感染ルートが不明な感染者や、新たなエリアでの感染者が出ていないことが、終息に向けた可能性を示唆する唯一の材料だ。
ただ、個人的に不思議に思うのは、毎日同じ割合で感染者が増えていること。
潜伏期間には個人差があるものの、感染源が1つならある一時期に爆発的に感染者が増え、その後は囲い込みの効果で感染者数が急激に下がるのが普通ではなかろうか?
これは、囲い込みに漏れが無く且つ完璧な隔離措置を取られていることが前提だが、現実としては計算通りに行かないのだろう。
今は、少なくとも囲い込みが終了した日から、感染力が落ちる1か月後には感染者数もほぼ収束し、それ以降は終息に向かうことを期待するしかない。
以下はニュースに掲載されていた自宅近くのバクザン市内の様子。
早くいつもの活気を取り戻すことを切に祈る。
苦しい時の神頼みという訳でもないが最近少しキリスト教に興味を持ち、聖書を読み始めていたのだが、冒頭にあたるマタイによる福音書を本日読み終えた。
ここにはキリストの誕生からゴルゴダの丘での処刑と復活まで、またキリストの教えについて物語風に記載されており、経典という印象ではなかった。
聖書はこの後、マルコ、ルカ、ヨハネによる福音書と続き、それ以降はキリストの使徒となった者の手紙シリーズへと続く。
まだまだ何百ページも残っているが、マタイによる福音書の冒頭部分の系図を読み終えることが出来た自信からか、今は残りの全ても読破できそうな気になっている。
別に悟りを開こうという意図で聖書を読んでいるわけではない。
聖書を読んでいると、ハンガリー時代に何の目的もなく教会に座っていた時の光景や、ジュール、パンノンハルマ、ブダペストの教会の記憶がよみがえり、その感覚が心地良いから、というのが最初の福音書を読み終えた理由。
西ハンガリー大学の元同僚で今は修道士となったGerryのBlogに、彼による洗礼の風景と、彼の娘Zsuzsiによる聖書の講話模様が載せられていた。
俺がハンガリーに居た時にキリスト教に興味を持っていたなら、今のような俗人ではなく、少しは聖人に近づけたのかな?
いやっ、それが無理なことは自分自身が一番良くわかっているが・・。
仮に聖書を全て読み切った時、俺がキリスト教に染まったならば、その時の洗礼は是非Gerryにお願いしよう。
想い出深いGyorの教会で・・・。
Today we were blessed to gather together and celebrate the baptism of one of our church members (Orsi). Zsuzsi brought an excellent message to the congregation on Acts 3:1-10 and the transformative power of the Holy Spirit in Peter over Pentecost. Orsi has experienced the transformative power of God and is a shining example of the love of Christ. Today was the first time Pastor Sylvia baptised someone and is was wonderful to serve together.