2026年1月7日水曜日

Taiwan Day2

台湾2日目。
ホテルからUberで十分老街(Shífèn Lǎojiē【シーフェン ラオジエ】)に移動。
線路でランタンを飛ばし、ビールと台湾風おでんで昼食。
その後Uberで九份老街(Jiǔfèn Lǎojiē【ジォウフェン ラオジエ】)に移動、ホテルにチェックイン後に夜の九份へ繰り出す。
九份からホテルへの帰路は雨のピークで、土砂降りと化す。
今回の旅は雨雲とともに・・だな。
























2026年1月6日火曜日

Taiwan Day1

2025年大晦日、夕方に桃園国際空港に到着。
夕食を済ませた後、台北101のカウントダウン花火で新年を迎える。 
天気はというと生憎の雨で、象山駅前から見える台北101も靄がかかっている。
雨のせいか人込みはさほどでもなく、混雑しているという印象はない。
この込み具合なら時間ギリギリに来ても十分だった。
花火の点火と共に2026年新年を迎える。
ビルからの花火とともに電光掲示板には「新年快楽」の文字が浮かび上がる。
みなさま、新年あけましておめでとうございます。
さて、今年はどんな年になるか、いやっ、どんな年にしようか・・・。













2026年1月5日月曜日

Before leaving for Taiwan

12月31日から3泊4日の台湾旅。
午前7時に乗り合いタクシーでセンターを出発。
このタクシーは今まで乗った中でもトップクラスの暴走車で、朝の混雑する道を猛スピードで飛ばしていく。
1つの荷物と一人の客を拾い、ノイバイ国際空港には指定した到着時刻である8時30分丁度に無事到着。
時間に間に合わせてくる点は、流石だ。

大晦日の国際線は混んでいるかと思ったが、そうでもなく、事前チェックインと預け入れ荷物が無いこともあり、意外とすっとセキュリティゲートを通過出来た。
朝食をラウンジで済ませ、その後もまったりと過ごす。

今回乗るのはChina Airlines。
名前はチャイナだが、これは台湾の(事実上の)ナショナルフラッグキャリア。
「事実上の」としたのは皆さんご存じの通り、台湾が独立国家なのか中国領土の一部なのかによるため。
中国は台湾を自国の一部と主張しているが、実態は独立国家レベルであることが事をややこしくしている。
単純に考えると、香港やマカオのように、台湾を中国の「特別行政区」として位置付ければ解決しそうだが、そう簡単に事が進まず、結果として曖昧な体制を維持しているのが現状となっている。
そんなことを考えているうちに搭乗時間が迫ってきた次第だ。
では、台湾に行ってきます!





2026年1月1日木曜日

Happy New Year 2026

新年明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いいたします。
今年の抱負
仕事面では「東南アジアからの人材派遣」
プライベートでは「井の中の蛙からの脱却、視野を拡げる」
これで行きます!


 

2025年12月31日水曜日

2026 New Year's Eve

2025年最後の日。
今年をさくっと振り返ってみると・・
仕事面で言えば、日本からのベトナム人の送り出し要望は減り、また要望があっても募集が出来ず、右肩下がりのまま年を終えた。
ベトナム北部での募集はほぼ機能せず、中南部からの募集で凌いだ次第だ。
それにより、出張の機会も増えた年だった。
日本への2度の営業キャラバン、Thanh HoaやHo Chi Minhでの面接・面談対応等。
年末は、ベトナムから東南アジアへのシフトを目指しインドネシアの送り出し機関の視察を実施。
これにより、井の中の蛙状態だったことに気づかされた年末だった。
また、プライベートでも移動の多い年になった。
新正月は日本人の先生とともにDaNang・HoiAn・Hue巡り。
旧正月はMinhとカオバンで過ごす。
夏は数十年ぶりに母親の故郷である祖谷を訪問・・。
通常の日々と言えば、出不精な面が顔を出し、特にこれという事もなくだらだらと過ごしていた印象だ。
あと、第2の仕事であるオンライン日本語教師の視点でいえば、細く長くと言ったところか。
で、本日大晦日はNoiBai空港国際線ラウンジにいる。
これから4日間はベトナムを抜け出します。
それでは皆様、良いお年をお迎えくださいな!






2025年12月30日火曜日

Indonesia Local foods

インドネシアで有名なローカルフードの1つ、インドネシア風焼き鳥のSATE AYAM。
日本の焼き鳥との違いは、焼きあがった焼き鳥にピーナッツベースのたれをこれでもかとつける点。
屋台のSATEは1本が一口サイズであり、1本15円ほど。
あと、初めて食べたものとしては表面が蛇柄で覆われた果物、その名もSnake Fruits(インドネシアではサラック)。
これも屋台の果物屋に売っていたもので、見た目は気持ちのいいものではないが、皮をむくと白い実が現れ、味はリンゴと洋ナシを混ぜたような感じでなかなかいける。
さて、長々と続いたインドネシアの話もこれで終了。
おつかれさまでした!




2025年12月29日月曜日

Jakarta Cathedral Church

イスティクラル大モスクの正面にあるのが、カトリック教会であるジャカルタ大聖堂。
1829年にジャカルタ初のカトリック教会としてが建設されたが、1890年、この教会は地震で倒壊してしまい、今あるのは1901年に復興されたもので、正面に2塔、背後に1塔の鉄製の尖塔を持つ。
この教会の門は開放されており、信者でなくとも入ることが出来る。
最後尾の椅子に座り、しばしキリスト信者の気分を味わう。
昔ハンガリーのパンノンハルマ修道院で日本語を教えていた頃、帰りのバスを待つ間、近くの教会をお借りしていたことを思い出した。
インドネシアにヨーロッパの趣を感じるのは、過去にオランダ領であった頃の名残かもしれない。