午後発のエアーチケットを予約していたが、遅延により4時間遅れで出発となり、Nha Trangのカムラン国際空港に到着したのは午後9時前となった。
まずは空港前で待機していた乗り合いリムジンバスで、予約していたホテルまで約30分間の移動。
ホテルにチェックインした後、シクロで市場通りまで行き、バインセオとビールで到着を祝う。
既に深夜近くの時間だったが浜辺にはいくつものバーが開いており、リゾート地らしい賑わいを見せていた。
NTTグループを早期退職、セカンドライフとして2年間のハンガリー生活を経て、現在はベトナムに活動の場を移しています。 異国での出来事について、徒然なるままに綴っていきたいと思います。
いつもMinhと行く店でヤギを丸焼きしていたので注文してみた。
そんなに癖はないものの、やはり豚の丸焼きのほうが馴染みがあり旨く感じる。
Bestは鶏の丸焼きだが、最初にこの店に来た際にあった以外、ここ数回ではお目にかかれないのが残念だ。
2023年当初から先月まで、ベトナムと日本の文化の違いに辟易とさせられた年になった。
仲の良かった仕事仲間は次々とICOを去り、毎日がつまらなくなるとともに、あまりに杜撰なベトナム方式の仕事振りに業を煮やし、上層部ともぶつかった。
ここで働く事に意味を見出せなくなり、次の場所に行く事を真剣に考えた。
そういう時に限って仕事は忙しくなるもので、10月まで抜けられない状況となった。
今は、ベトナム方式の仕事のやり方を、日本方式に持っていこうと考えていた事自体に無理があることを悟り、そこを改善させようとするのではなく、自分を変えようと努力しつつ、頑張ろうと思う次第だ。
実はフィリピンのセブ島で英会話学校運営の仕事のお話があり、行くかどうか悩んでいたのだが、本日正式にお断りした。
これで、少なくとも後1年はベトナム暮らしが決定した。
11年目に向けて少し吹っ切れた気がした。
2023年新年明けの初出の日。
それはあまりにも突然の出来事だった。
朝礼にて、午後から本社も交えた緊急の打合せを実施する旨の周知がされた。
午後、本社からは会長、本社社長がセンターに集まり、本日の打合せの趣旨が伝えられた。
それは当社(ICO Manpower)の代表と支店長2名が辞任するというものだった。
その後、会長からの説明、通訳を経由してなので多くはわからないが、辞任承認、社長は対外的なライセンスの関係ですぐにとは行かないが、支店長2名は今すぐにでも辞めてもOKという内容だったらしい。
一応会社と名のつく組織において、意思決定権を持つTopの辞任がこのような形で行われることに衝撃を受けた。
翌日、当社内で別の名目の飲み会が開かれたが、そこに辞任する3名も参加し、皆和気藹々と酒を酌み交わす風景が見られた。
これもベトナム流と考えるしかない、俺には到底理解の及ばない文化に出くわした感じだ。
2020年~2022年はコロナが猛威を振るった年であり、約3年半に渡り、ベトナムに「隔離」された年でもあった。
2021年11月、親父が生涯を終えた時も帰国は叶わず、ようやく仏壇の親父の写真と対面できたのが2022年。
大切なものを失った3年間・・
ベトナムに来て9月で丸10年を過ぎ、11年目に突入となる。
10年という節目を過ぎたところで、ベトナムでの今までを振り返っておく。
2014年7月にハンガリーでの業務を終え、9月からはベトナムで過ごすことを選んだ。
最初の2年間は留学生に日本語を教えるという、非常に楽しい時を過ごした。
これは、仕事というより、留学生と遊んでいたと言ったほうが当てはまる。
毎週、すべてのクラスを回り、日本語の会話を教え、アフター5は学生の寮で食事をしたり、レストランで懇親会をしたり、お祭りに出かけたり・・・。
この時によく遊んだ留学生とは今でも付き合いがある。
日本でベトナムレストランを経営しているYen、技能実習生や特定技能生を管理する日本の監理団体に就職したHoang、日本人と結婚し、今は2児の母親となったDuyen、ベトナムに戻り送り出し機関を設立したCham等々、今もいい教え子であり、友達だ。
その後の8年間(考えてみればもう8年も!)はベトナム人技能実習生の送り出し機関であるICO Manpowerに発足当初から関わってきた。
既に200社以上の送り出し機関がベトナム国内に乱立した状態のなかに新たに参入する際、当時のTruong社長とは「技能実習生の品質向上・法令順守・日本入国後のサポート」をスローガンとし、手探り且つ無我夢中で立ち上げた。
この当時はベトナムの送り出し機関の間で過剰接待による客引き合戦が横行しており、それを真に受けた馬鹿な組合による傍若無人な振る舞いがまかり通っていた時代であった。
過剰接待をする送り出しと、ベトナムに来て王様のように振舞う組合の構図に辟易し、そういった組合は徹底的に排除した。
俺にとって幸いだったのは、初代社長、2代目社長とも俺の方針を受け入れてくれたこと。
2016年に立ち上げたICO Manpower、初年度の面接合格者は30人程度だったが、その後は優良な組合とも知り合え、送り出す実習生の数も右肩上がりとなり、2019年には400人以上の技能実習生を送り出すことができた。
ハノイのLotte Towerの会議室を借り切り、1日に100人以上の面接を実施したことや、Bac GiangのMuong Thanh Hotelでの大型面接等、大変だったがやりがいがあった。
この状態が今後も続くはずだった2020年、コロナが全世界を襲い、様相は一変した。
旧暦の8月15日は中秋節、日本で言うところのお月見の日。
2024年は本日、9月17日がその日となる。
この日は満月で、日本ではこの日の月を「十五夜」とか「中秋の名月」と呼んでいる。
日本の十五夜伝説としては、月でウサギが餅をついているというものだが、ベトナムでは、クオイという人物がガジュマルの木の下に座っていると伝えられているそうだ。
ベトナムではこの日、クオイが地上に戻ってくる道を示すため、人々は夜に灯篭をかかげ、街を歩き回るという風習が残っている。
昔は日本でもお月見の風習はあり、ススキと月見団子を飾ったりしていたが、今はどうなんだろう?
ここベトナムでは中秋節を迎えるにあたり会社からスタッフに月餅(Bánh Trung Thu)が配られる。
こういった風習を大切にするのがベトナムの文化だ。
ホーチミン最終日。
午前中は面接記録の作成や後処理を実施し、午後からは出発までの最後のひと時をまったりとTrung Nguyen Cafeで過ごす。
Nhung、1週間のホーチミン出張、お疲れ様でした。
明日からはまたBac Giangでの仕事、頑張ろう!