2025年4月29日火曜日

IMP 10th Anniversary

今年でICO Manpowerは創立10周年を迎える。
この10年、かなりの社員が入れ替わり、創立当初からの社員は俺とNhungの二人だけになった。
これはベトナムの社会では当たり前であり、終身雇用といった発想はベトナムにはない。
みんな簡単に辞め、簡単に出戻ってくる。
なにはともあれ、事業が10年間継続したのは素晴らしい事だ。
ICO Manpower10周年、おめでとう!









2025年4月28日月曜日

Vietnam landscape

Pho Yen支店に飾られていたベトナムの風景画。
これ、欲しいな!

2025年4月26日土曜日

Introducing Japan

ICO ManpowerのThai Nguyen支店で、日本語を勉強している学生に対する日本紹介セミナーを実施した。
2ヶ所、各1時間程度だったが、学生の中には8歳の子もおり、楽しい1日だった。









 

2025年4月24日木曜日

Luncheon

会社の食事会。
手前の女性は昼食会、奥の男性は飲み会と化す。

2025年4月23日水曜日

Kyoichi Sawada

ベトナム戦争は、世界中のメディアによって報道が自由になされ、多くの戦場カメラマンがベトナムを訪れ、戦争の断面をイメージとして切り取った。
ホーチミンの戦争証跡博物館には、これらのカメラマンが命がけで残した記録が展示されている。
戦場を避けてメコン川を渡る家族の写真は、日本の戦場カメラマン、沢田教一により撮影された。
彼はこの写真でピューリッツァ賞を受賞したが、その5年後にプノンペンの国境沿いで狙撃され、わずか34歳の若さで亡くなった。

不謹慎な話をするが、戦時中に生まれたほうが良かったと思った時がある。
理不尽な命令を洗脳されることにより我が使命と思える時代。
それを信じてひたすら邁進した時代。
これを話すと「病んでたんだね」と一言・・・そう、病んでたんだな。

 (34) アジアンドキュメンタリーズ 配信「SAWADA 青森からベトナムへ ピュリッツァー賞カメラマン 沢田教一の生と死」予告編 - YouTube


2025年4月22日火曜日

Memorandum: The Vietnam War

ベトナム戦争(Vietnam War)
20世紀の最も有名な戦争の一つ、冷戦時代の米ソ対立が背景にある複雑な戦争。
🌏 ベトナム戦争の概要
🗓 期間
正式には 1955年〜1975年。特に激しかったのは 1960年代後半〜1973年。
📍 戦場
主に南ベトナム、一部北ベトナム、ラオスやカンボジアにも拡大。
🔥 なぜ起こったの?(原因)
1. 南北分断(1954年)
フランスがインドシナ(現在のベトナム、ラオス、カンボジア)を植民地支配していたが、**第一次インドシナ戦争(1946–1954)**でフランスが敗北。
1954年のジュネーブ協定でベトナムは北緯17度線で分断:
北ベトナム(共産主義):ホー・チ・ミン率いる共産党
南ベトナム(反共・親米):ゴ・ディン・ジエム政権
2. 冷戦構造
アメリカ:共産主義の拡大を阻止するため、南ベトナムを支援(「ドミノ理論」に基づく)。
ソ連・中国:北ベトナムを支援。
⚔️ 戦争の経過
1960年代:
北ベトナムが南ベトナムの解放を目指してゲリラ戦を展開(南ベトナム解放民族戦線=ベトコン)。
アメリカは1965年から本格的に地上軍を派遣し、爆撃作戦(ローリング・サンダー作戦)などを開始。
1970年代:
戦争が泥沼化、アメリカ国内では反戦運動が拡大。
ニクソン政権は「ベトナム化政策」により、南ベトナム軍に戦争を任せてアメリカ軍を撤退。
📜 終結とその後
1973年:
アメリカと北ベトナムがパリ和平協定を結び、アメリカ軍が撤退。
1975年:北ベトナム軍が南ベトナムの首都サイゴンを陥落させ、ベトナム戦争は終結。
その後、ベトナムは社会主義国家として統一(ベトナム社会主義共和国)。
🎯 戦争の影響
アメリカ兵約58,000人、ベトナム人は数百万が死亡。
化学兵器(枯葉剤など)の使用による環境・健康被害。
アメリカ国内では「負けた戦争」としてトラウマに。
映画や音楽、文学などで多数の作品が生まれる(例:『プラトーン』『地獄の黙示録』『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』など)。



2025年4月21日月曜日

Memorandum: The second Indochina War

🧭 第2次インドシナ戦争とは?

✅ 結論から言うと:
第2次インドシナ戦争 = ベトナム戦争(1955年〜1975年)
🔍 なぜ「第2次インドシナ戦争」と呼ぶ?

インドシナとは?
「インドシナ」は、ベトナム・ラオス・カンボジアの地域全体を指す地名。
これらの国々はもともとフランスの植民地「フランス領インドシナ」だった。

インドシナ戦争シリーズ
呼び方:期間:内容
第1次インドシナ戦争:1946〜1954:フランス vs ベトミン(ベトナム独立運動)
第2次インドシナ戦争:1955〜1975:アメリカ & 南ベトナム vs 北ベトナム & ベトコン(共産勢力) ← ベトナム戦争のこと!
第3次インドシナ戦争:1978〜1989:ベトナム vs カンボジアのクメール・ルージュ & 中越戦争(中国との戦争)など

🌍 「第2次インドシナ戦争」としての視点
📌 なぜ「インドシナ戦争」シリーズとして見る?
この見方をすると、ただのベトナム国内の内戦ではなく、
冷戦の代理戦争
ラオス・カンボジアにも広がった地域戦争
大国(アメリカ・ソ連・中国)が深く関与
という広域かつ国際的な紛争であることがわかる。

🧠 ポイントまとめ
用語:説明
第2次インドシナ戦争 通称「ベトナム戦争」。1955〜1975年。アメリカ vs 北ベトナム。
インドシナ ベトナム・ラオス・カンボジア地域のこと。
重要性 植民地支配の終焉、冷戦の象徴、アジアの大規模戦争。