2026年9月2日水曜日

Vietnam Independence Day

2026年9月2日はベトナム独立記念日。
以前にも述べたが、ベトナムは81年前の今日、日本からの独立を果たした。
良い機会なので、ここに独立宣言の一部を抜粋しておく。
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1940年の秋、連合国に対抗する拠点を更に築くため、日本のファシストがインドシナを侵略し、フランス帝国主義者らは跪いて日本に私たちの国を明け渡しました。そのときから、私たち民族はフランスと日本という二重の枷をかけられたのです。そのときから、私たち民族は、日増しに困窮し、貧困にあえぎました。その結果、ついに昨年末から今年の初め、クアンチから北部にかけて、200万人の同胞が餓死しました。

今年の3月9日、日本はフランス軍を武装解除しました。フランス帝国主義者は逃げる者もいれば、降伏する者もいました。
つまり、彼らは私たちを保護するどころか、5年の間に2回も私たちの国を日本に売ったのです。
3月9日以前に、ベトミン(※ベトナム独立同盟会)は何度もフランス人に対して、日本に対抗すべく同盟しようと呼びかけました。フランス帝国主義者はこれに応じず、より一層ベトミンを迫害しました。更には、敗走の際、彼らはイエンバイとカオバンで政治犯を多数虐殺しました。

しかし、フランス人に対して私たち同胞は依然として寛大で人道的な態度を保ちました。3月9日の変動後、ベトミンは辺境へ逃れた数多くのフランス人を助け、日本の収容所から多数のフランス人を救出し、彼らの生命と資産を保護しました。

実際、1940年の秋から私たちの国は日本の領土となり、もはやフランスの領土ではありませんでした。
日本が連合国に降伏したとき、全国の私たち民族は立ち上がり政権を奪取して、ベトナム民主共和国を築いたのです。
実際には、私たち民族は、フランスの手からではなく日本の手からベトナム国を取り戻したのです。
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第二次世界大戦に敗れた日本はアメリカの支配下に置かれ、そのタイミングでベトナムは独立するも、翌年からは長きに渡るベトナム戦争へと突入していく。
ヒンズー教の破壊神であるシバ神は、世界を悪くするための破壊ではなく、古いものを終わらせ、新しいものが生まれるための変化を生み出す神とされているが、戦争自体にその意味はない。
侵略・・これが戦争の真意であり、そこには不幸しかもたらさないことは歴史的にも明白。

ベトナムではこの日に限らず街中に国旗が掲げられており、ベトナムを独立に導いたホーチミンさんの写真は未だにそこここに飾られている。
ベトナムに関わりを持つ日本人にとって、この日はベトナムの独立を祝うというよりも、過去と真摯に向き合う、そんな意味を持つ日だ。


2026年9月1日火曜日

Osaka Confectionery

以前、大阪土産として紹介した堺の老舗の和菓子店、かん袋。
この店の歴史は古く、店名でもあるかん袋は豊臣秀吉の命名によるものだとか。
名物はくるみ餅で賞味期限はその日限り。
くるみ餅と聞くと、胡桃が入っていると思いがちだが、うぐいす色の餡で餅を包む(くるむ)ことからくるみ餅と名付けたそうだ。
十数年ぶりに食べたが、当時と味は同じ。
変わらぬ味は歴史の重みか。




2026年8月31日月曜日

2026年8月30日日曜日

Visiting a grave

令和3年(2021年)11月13日、享年90歳で親父が逝った。
その時は折しもコロナの真っただ中で、俺はベトナムに足止めを喰らい、葬式にも参列出来なかった。
今年のお盆は墓参りが出来たので、良かった。


2026年8月29日土曜日

YufuiN hot spring town

最後に湯布院温泉街を巡る。
思い描いた風景とは違った街であり、最後に思い出も残った旅だった。
これにて大分・熊本・宮崎編は終了!









2026年8月28日金曜日

YuFuiN Shikisai Hotel

由布院での宿は四季彩ホテル湯布院別荘。
由布院は、創造していた、温泉街によくあるホテルが1カ所に固まっているというパターンではなく、街中に点在している形で、今回泊まった宿も、周りに他のホテルはなく、隠れ家と言った趣のあるものだった。
ゆふいんは「由布院」と「湯布院」の2つの表記が混在しているが、その理由としては、
由布院 → もともとの地名
湯布院 → 温泉地としてのブランド・観光地名として広く使われるようになった名称
とのこと。
駅名は「由布院駅」、温泉街は「湯布院」ということで、「由布院駅で降りて、湯布院の温泉街を観光する」といった使い分けになるらしい。
珍しい街だ。

















2026年8月27日木曜日

Ama-no-Iwato Shrine

天岩戸神社は宮崎県高千穂町の岩戸地区にある神社で、天照大御神が身を隠したと伝えられる「天岩戸」を御神体として祀っている。
神社の社殿の対岸にある岩窟が、天照大御神が籠もった場所と伝えられている。
天照大神には弟の須佐之男命がいたが、スサノオの非常に乱暴な性格を嘆き、天照大神は天岩戸に隠れてしまったため、世界が真っ暗になった。
八百万の神がどうやって天照大神を天岩戸から出そうかを相談した場所が「天安河原(あまのやすかわら)」。
天宇受賣命(アメノウズメ)が面白おかしく踊り八百万の神は歓声を上げる、それが何かを確かめるために天照大御神が岩戸から顔を出した時に天手力男命(アメノタヂカラオ)が岩戸を開く、というのが「天岩戸神話」。
「天安河原(あまのやすかわら)」はまでは徒歩20分ほど。
天安河原では、願いを込めて石を積む風習があり、小さな石が何段にも積み上げられている幻想的な雰囲気の場所。
「神話の世界に入ったような場所だ。